しるしと人生―― 『ヴァージニア・ウルフ短篇集』

「でも、それからどうなったんですか――もうひとりの男の人は、家の角を曲がってきた男の人は?」一同は尋ねた。「もうひとりの男の人? もうひとり?」アイヴィミー夫人は小声で言った。屈んで袖無し外套(クローク)を手探りしていた(サーチライトの光はバル…

ハイデッガー『芸術作品の根源』

5、6年前に一度読んだきりだったものを久しぶりに再読。最近ではデリダやジュネット、アインシュタインなんかの芸術関連の著作がちょっとずつ積読棚にたまってきていて、それらの本を今後読んでいくためにちょうど測距儀みたいな役割を果たしてくれるよう…

スプーン持参の超能力者、暖簾をくぐって登場

今週はカール・アインシュタインの小説『ベビュカン』を難儀しながら読み終えたらすでに一週間が終わっていた。……だいたい終わっていた。本文で100頁ほどの小さな作品なんだけどその分量と釣りあわないくらいの、ちょっとした体力が必要な読書を強いられるよ…

吐く息が一呼吸ごとに目の前の大気を打擲するむちの朝のようだった。むっくむく鳥。 むっくむくやったで。……今週は文庫でトリスタン・ツァラの『ムッシュー・アンチピリンの宣言(ダダ宣言集)』を読んで、それからカール・アインシュタインの小説『ベビュカン…

フーコー『カントの人間学』

蛇「シャーッ!」 カントの「純粋理性批判」の上巻を読み終えたところでフーコーの『カントの人間学』に手をつけたのが早お正月の頃のはなしで、つまり、以来十日以上この本を繰り返し読んでたことになるけど(3回は読み直した)、残念ながらけっきょくはかば…

本年最後の購入書籍。ジュネットの新刊も無事年内に入手することができた。良かった良かった。 ランシエールの本は以前から気になってたのに後回しにしていたものをようやくって感じ。シェフェールのは絵画論らしくて読んでもおそらくさっぱりだろうけど、こ…

バルザック『サラジーヌ』

バルザックは以前から興味があったんだけど、『人間喜劇』がどうにも膨大すぎるって印象があってどの作品から手をつけていいものやら見当がつかずにこれまで放置していた作家だった。ロラン・バルトの『サラジーヌ』論は読んでないんだけどとりあえずその存…

マリオ・ペルニオーラ『無機的なもののセックス・アピール』

アガンベンの『裸性』に続く平凡社「イタリア現代思想」シリーズの2冊目(ジャンニ・ヴァッティモという著者の『透明なる社会』という本が同シリーズの3冊目として先日刊行されてるらしい。そっちも読んでみたい)。名前を聞いたこともなかった著者の本だっ…

マヌエル・プイグ『リタ・ヘイワースの背信』

マヌエル・プイグは『蜘蛛女のキス』で有名なような気がするけど作品を実際に読んでみたのは今回がはじめて。今週はその彼の『リタ・ヘイワースの背信』という小説を読んで一週間すごした。具体的にどこがどうとは言えないんだけど、わりかしおもしろい小説…

ブノワ・ペータース=作/フランソワ・スクイテン=画『闇の国々II』

闇の国々II (ShoPro Books)作者: ブノワ・ペータース,フランソワ・スクイテン,古永真一,原正人出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション発売日: 2012/10/31メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 3回この商品を含むブログ (17件) を見る 今週は、ブノワ・…

ジャン・ルイ・シェフェール『映画を見に行く普通の男』

ドゥルーズの『シネマ(時間イメージ)』のなかで何度か言及されていて気になっていた著者の本の、丹谷生貴志による翻訳。これは本当に素晴らしい本だった。なにか、今ここで一冊の完璧な書物を読んでしまったというような読後のこの感覚がものすごい。完璧な…

ディディ=ユベルマン『時間の前で』

半年くらい前に読んだ『イメージの前で』につづいて、二冊目のディディ=ユベルマンの著作(情けないことに『イメージの前で』の細かな内容は、論旨のおおまかなニュアンスを除いてあらかた記憶から消えてなくなった)。しかしこの本もやっぱりとてもおもしろ…

松田青子「スタッキング可能」

『早稲田文学5号』に掲載されてる松田青子さんの中篇「スタッキング可能」を読んだ。(読んだんだけど、この作品で描かれてるような真っ当ないわゆる「会社勤め」の経験がないために、最初に目を通したときすぐに「これは自分にはまったく関係のない世界のは…

黒田夏子「abさんご」

早稲田文学新人賞を受賞した黒田夏子さんの短篇「abさんご」がとてもおもしろかった。描かれているのは語り手の私的な回想に属する過去の出来事やそこで感じられたり考えられたりしたさまざまな観想なんだけど、しかしこの過去の世界が、語り手や語り手自…

アガンベン『裸性』

収録されてるどの論考もおもしろかったけど、なかでも本のタイトルにもなってる「裸性」という文章が自分の関心のあるものと接点がありそうな内容になってて興味深く読めた。(おもしろさという点だけなら、カフカを論じてる「K」という論文も抜群に鋭くて勉…

ロブ=グリエ「もどってきた鏡」

『早稲田文学5号』に掲載されてるロブ=グリエ「もどってきた鏡」の連載初回分(連載途中の作品にかんしてはあんまり断定的な口調でものを言わないことに決めた。なぜなら、以前書いた連載中の『農耕詩』とか『青い脂』についての文章でたっぷり恥をかきまし…

ウラジーミル・ソローキン『青い脂』

芸術における「表象的体制」が作品の表現のなかで執りおこなうある調整といったものについて、『イメージの運命』のランシエールは、それは再現されるべき見えるもののイメージを観客や鑑賞者といった作品の受け手の眼前に可視化しながら、他方で見てはなら…

ニコラ・ド・クレシー『天空のビバンドム』

フランスのBD作家によるコミック。作者ニコラ・ド・クレシーはここで物語を語るにあたって、員数過多の相互に対立する語りの立場を導入することにより、物語の内容をこの形式の不備に照応させるべく諸勢力からなる広汎な闘争劇へと仕立て上げる。ざっと数え…

ハル・フォスター編『視覚論』

5つの論文どれもおもしろかったけど、特にロザリンド・クラウスの文章(「見る衝撃/見させるパルス」)に興味を覚えた(なかでも、ピカソの習作の分析にあてられた箇所は読みごたえがある。理論とか概説的な部分については、どの論文でも、読んでてどうしても…

ナボコフ『ロリータ』

ナボコフの『ロリータ』から一箇所だけ、第一部の20章(新潮文庫版で147頁から以下)。 主人公のハンバートが妻であるシャーロットの殺害を思い立ち、冷静に周囲の状況や自身の振る舞いをイメージする場面。舞台は二人だけで水浴に訪れている湖畔の砂浜で、周…

ドゥルーズ『シネマ2』(弟9章「イメージの構成要素」)

議論が難しすぎて細かくつめては読めないので、理解した範囲で簡単に、引用多めで。 現代的映画を特徴づけるイメージの特異なあり方といったものを説くにあたって、ドゥルーズは、それは視覚的イメージと聴覚的なイメージとの分断として映画に現れるものだ、…

フーコー「物語の背後にあるもの」

……そういえばフーコーがジュール・ヴェルヌについてなんか書いていたっけなあと思い出して、本棚から『フーコー・コレクション』を引っ張り出して確認してみたら、「物語の背後にあるもの」という短めの文章でジュール・ヴェルヌのテクストがとる説話形態に…

あかがねいろの瞳

闇の国々 (ShoPro Books)作者: ブノワ・ペータース,フランソワ・スクイテン,古永真一,原正人出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション発売日: 2011/12/17メディア: 単行本購入: 3人 クリック: 20回この商品を含むブログ (33件) を見る 長かった盆休みも…

コルタサル『秘密の武器』

コルタサルについてはアルゼンチンの作家で幻想とか奇譚みたいな作風の短編作者ということくらいしか読む前には知らなくて、ボルヘスっぽい作品を書くひとなのかなくらいに想像していたんだけど、じっさいに作品を読んでみると予想とはだいぶ印象が違ってい…

マルク=アントワーヌ・マチュー『3秒』

マルク=アントワーヌ・マチューというBD作家の『3秒』という作品を読んだ。それぞれが正方形をした3×3の9コマがページ単位でさらに大きな一個の正方形を形づくって1頁を構成している。確かとり・みきがこんなコマ構成の1頁マンガをむかし描いていたっ…

三好銀『三好さんとこの日曜日』

三好銀が作品の中で繰り返し作り出す「隔たり」といったものがあるように思う。『三好さんとこの日曜日』は作家のデビュー単行本であるけれど、収録されている各回のエピソードは連載当時のエピソードの中から数を限ったうえでより抜きした体裁になっていて…

本秀康『たのしい人生 完全版』

本秀康が短篇作品で切り取る時間は、現在の情況だとかそこでの登場人物の行動を決定的に規定するようなある刻印的な過去の出来事の時間にすでに早くも押し出されており、しかしまた、その情況に対する自分の無力を何ひとつ自覚できないまま物語の語る行動の…

かつて君は息切れするまでシャドー木人拳をしたことがあるだろうか?

盆休み前の繁忙期につき仕事がいろいろ込み入ってたりして、今週は本をじっくりと読む気力がなかなか湧いてこなかった。ガテン系の外仕事が基本なので連日の日中の暑さがじんわりこたえたってのもある(一晩寝てしまえば前日の疲れはすっかり抜けてしまうけど…

ドゥルーズ『シネマ2』(第6章「偽なるものの力能」)

『シネマ2』をぼんやり読みながらマンガに絡めて考えたことをまとまらないまま。(第6章「偽なるものの力能」のあたり)。 ドゥルーズはこの本でそこまで展開してきた論述をさらに先へと延ばしていくにあたって、運動イメージと時間イメージとの両体制の対立…

小冊子完成

すごく薄い本ができたよ。文字どおりの薄い本だよ。 中身はもうさらさなくていいでしょう。人物の服やなんかに表紙同様のトーンをぽつぽつ散らせてるだけで、これまで過程を見せてきた原稿の状態と基本的にパッと見の印象以外の大きな違いはない。何よりこれ…