2009-01-01から1年間の記事一覧

スタンダールとミメーシスの三種の運命

『アンリ・ブリュラールの生涯』を読み終える。 作家スタンダールと私人アンリ・ベールとを隔てて相互に適切な(お互いにとって安全な)距離をもうけたうえで、そこから十全に、安んじて回想録を記述することが可能となるような純粋な測量地点、そんな神のもの…

ビュトール『時間割』

二年ぶりくらいに再読。おもしろかった。久しぶりに読んで気づいたけど、この小説の推理小説っぽい結構というのは、主人公のアドレセントな、まったくおっちょこちょいな奴と断じてかまわないような、惚れっぽかったり過度に思い込みの激しかったりする未熟…

ヤーコブソン「言語の二つの面と失語症の二つのタイプ」

ヤーコブソンの概論的な記述によると、失語症の症状は言語の構造のふたつの極のあり方に相関し、またそれらに強く規定されているものらしい。ふたつの極っていうのは、いわゆる連辞と連合とかサンタグムとパラディグムというやつで、ヤーコブソンのここでの…

言葉の汀、汀の言葉/ソシュール『一般言語学講義』

ソシュールを読んでておもしろかったところをメモ(正確には、最初読んだときにはすっかり読み落としてしまっていて、気まぐれに読み返したらおもしろいと気づいたところ。本を読むのは人一倍時間がかかるくせに、反射神経がにぶいから、こういうことがよーく…

残雪『魂の城 カフカ解読』

カフカの長編3作と短篇13本を論じた評論集。ドゥルーズとガタリのカフカ論がテマティズム的な手法を駆使して、ある作品がひとつの作品となる以前の、その作品のマテリアルとなるような原基の諸構成部品を発見して再組み立てすることにより、ある作品がひ…

堀江敏幸『いつか王子駅で』

「いつか」と疑問の副詞が「王子駅で」と場所を指す補語をともない、しかし直後に続いてしかるべき肝心の述部が宙に吊られた恰好なものだから、そこから、たとえば「いつか王子駅で会いましょう」と不定の未来における約束が交わされようとしているのか、そ…

『ウォッチメン』/『スティール・ボール・ラン』17

アマゾンのおすすめ商品をチェックしてたら以前購入した『ダークナイト』のDVD関連でいくつかおもしろそうなアメコミが引っかかってて、いい機会だしこれはと思う書籍をひとつ手に入れてみることにした。『ウォッチメン』を選んでみたのは雑誌かなんかの紹介…

多和田葉子『ゴットハルト鉄道』

マユコは先端恐怖症や高所恐怖症というのがどんなものなのか想像ができないほど、自分は神経の太い人間だと信じ込んでいたが、よく考えてみるとふたつだけひどく恐いものがあった。ひとつはハチ、もうひとつはハシだった。蜂が顔のまわりを飛びまわると、重…

バラード『コカイン・ナイト』

かっこよさげなので、雰囲気重視でいきなりニーチェとか引用してみる。 (……)根拠の原理がその具体的な形態のどこかで例外をゆるすように見える場合、人間はとつぜん象徴界の認識形式に迷いをおぼえ、途方もない戦慄的恐怖にとらえられるものだが、ショーペン…

すが秀実『詩的モダニティの舞台』

詩というものを何ひとつまともに読んだことがないし、ましてや詩の歴史や「詩概念」(ポエジー)というものについては今まで考えを巡らせたことすらなかったけれど、この本は刺激的でとてもおもしろかった。すが秀実の著作は『探偵のクリティック』以降のもの…

チェスタトン『木曜日だった男』

「君の変装は良いね」サイムはマコンを一杯飲み干して、言った。「ゴーゴリの変装より、ずっと良い。初端(はな)から、あいつは少し毛むくじゃらすぎると思ってたんだ」 「芸術観の相違さ」教授は物思わしげにこたえた。「ゴーゴリは理想主義者だった。無政府…

セルバンテス『ドン・キホーテ』

ドン・キホーテのユニークな狂気の本性を形作っているミメーシスの身振りはテキストのうえで二重化(重層化)されているように思う。「騎士道物語」という当時ヨーロッパで流行していた文芸ジャンルを読み耽り、それが昂じて、分別盛りもとうにすぎた賢明なラ…

アンドレ・ブルトン『ナジャ』

ナジャ (岩波文庫)作者: アンドレ・ブルトン,巖谷國士出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2003/07/17メディア: 文庫購入: 3人 クリック: 36回この商品を含むブログ (35件) を見る ナジャという女の謎の前で躓く男・ブルトンのここでの語りは、文学作品とその…

ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』

黄色い部屋の謎 (創元推理文庫)作者: ガストンルルー,Gaston Leroux,宮崎嶺雄出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2008/01/31メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 13回この商品を含むブログ (40件) を見る 1907年に新聞だか雑誌だかに連載され*1、作中でその1…