『ウォッチメン』/『スティール・ボール・ラン』17

 アマゾンのおすすめ商品をチェックしてたら以前購入した『ダークナイト』のDVD関連でいくつかおもしろそうなアメコミが引っかかってて、いい機会だしこれはと思う書籍をひとつ手に入れてみることにした。『ウォッチメン』を選んでみたのは雑誌かなんかの紹介でこの春公開されるという映画の原作であるってことを何となく耳にしていたからで、特に初めから目当ての作品ということでもなかったんだけれども、結構いい値がするだけにレジでポチっとする前にざっとサイトをひとわたり巡って評判を確認してみたら、これがどうも軒並み絶賛で、ではってことであらためて購入。で先日届いたブツを読んでみたら、なるほど世間の高評価のゆえんを納得した。アメコミなんてむかし『Xメン』の翻訳版を何冊か読んだきりだったんだけど、これはとてもおもしろかった。晩またぎでほとんど二日がかりで読み通す。書きこまれた文字や一コマの絵に詰めこまれた情報量がすごく濃密でさっくりと通読って感じにはいかないけど、その分何度も読み返して楽しめる作りになっているように思う(全然感触は異なるけど、たとえばこうの史代さんの作品の細部にちょこっと描きこまれた絵の文脈的な繋がりや、人物のなにげないしぐさの意味なんかを読み手に想像させてその世界の生きてある感じを潤色する手並みとかに通ずるものがあるように思う。『ウォッチメン』においては、これがおおむね世界の破滅にたいする神経症っぽい危機感で一色に塗りつぶされてしまっているわけなんだけど、ともかくそれを徹底してるところがすごい)。
 あと読んでてなんかに似てるなあと感じていたんだけど、あれだ、これは『ガンダム・センチネル』だって思い至った。センチネルの企画は87年とかそのくらいで『ウォッチメン』は85年だから影響関係があるとしたら当然逆なわけだけど(いや、そもそも無いだろうけど)、冷戦体制下での偽史的な感性の発露のあり方だとかが両者をよく似ているものにしていると思った。どっちの仕事もジャンル(「クライムヒーローもの」なり「宇宙世紀」なり)の社会的な受容状況みたいなものを再検討して、ジャンルの存立条件そのものを再構築しながら作品そのものの内側にメタっぽく折りたたんでるところとかよく似ている。偽の歴史を一から作り上げる情熱とか、その情熱が作品の背後に呼び寄せる傍証とか設定資料の膨大なアーカイブのあり方、それら込みで作品としての総体を形づくってプレゼンテーションされてるところなんかもよく似ている。ライターのアラン・ムーアって人が覚え書の文章で語ってるけど、確かに『指輪物語』っぽい作品世界への構築性みたいなものがある。そんでもって、『指輪物語』もそういや大戦前の想像力の産物だったんじゃなかったか。
 まあそんなこんなはどうでもよくて、とりあえずロールシャッハはめちゃくちゃかっこいいな、と。映画のほうにも期待しようっと(原作読んだかぎりじゃ、醜い中年の小男みたいな容貌の描かれ方をしているロールシャッハを誰がどう演じるのかも楽しみなところ。これ変に美化されても困るなあ)。
 
 地元の本屋ではたまたま『スティール・ボール・ラン』の最新刊を見つけた。僥倖。これも昨晩ざっと一回読み通す。荒木飛呂彦の絵(とくにアクションシーン)は捻りがききすぎてて一回流して読んだだけじゃ把握できないんで、やはりこっちももっかい読むことになるだろう。雑誌連載のほうにはまったく目を通していないんで、毎回単行本を買うたびに話の繋がりを忘れてしまってて困る。カバー外してさっそく読み始めようとしたら、ストレイツォみたいな御仁がどこか懐かしい、素っ頓狂なポーズで立ってる。おぉ、ってちょっと興奮。一周してついに登場?って期待して本編読んだら、前座の雑魚キャラだったよ。気を取り直す。表紙のウサギみたいな耳をした可愛らしいスタンド、これ何てスパイスガール?って気になってたら、大統領のスタンドだった。D4Cって名前なのかな? 
 ザ・ワールド以降、ラスボスのスタンド能力は時間を操るみたいなお約束があるけど、物語も佳境にはいっていよいよ大統領のスタンドの片鱗が見え始めた感じ。これは変則的な「藪の中」みたいな能力なんだろうか。ジョニィ銃撃場面の目撃者証言が証人ごとにまったく食い違っている。でもって、銃撃者本人の経験したはずの出来事の事実性も揺らぎ始める。犯人は大統領だってわかっているのに、事実はそれと食い違う。何が起こったのかはわかってるけど(事実として)、誰がそれを行ったのかがわからない(事件の真実)、とは真逆に、誰がそれを行ったのかはわかってるけど(真実において)、何がそこで起こっているのかがまったくわからない(事実のレベルで)、みたいな事態の推移。前者は(広義には科学もそこに含まれるような)神学的な探求を担保するような形而上学的な謎の階梯を垂直的に組織するかもしれないけど、後者には、経験の世界で人をつまずかせるような、ある意味カフカ的な事物としぐさの謎の編み目模様が横ざまに広がってる感じ(あるいはフロイトの言う、夢の思想にたいする夢の言語の優位みたいな)。……というような、ある意味反神学的な含みを持たせること(読み取ること)も可能な大統領のスタンド能力が、聖人の親玉みたいなやんごとないお方の存在を巡るジャイロ、ジョニィとの闘争のなかでどんなふうに発展していくのか、みたいな見所もあるように思う。あるいは、ジョジョも七部に入って宇宙も一周したことだし、平行世界みたいな狙いもあるのかもしんない(ウェカピポの銃撃する世界やディオの銃撃する世界が並行して複数存在する世界観みたいな)。
 なんにせよ、まだこの先スタンドじたいが二転三転して進化していくことは前例から言って目に見えてることだし、展開を見守るしかない。刮目して待つ。チョコレート・ディスコはやっぱりスルーの方向で。