マンガ描くよ


 このところひさしぶりにマンガを描いている。たぶん中学の頃以来のことだ。そのことに自分でもびっくりしている。マンガを熱心に描いていたのは小学生の最後の二年間くらいの頃のことで、中学にあがってからはペンも原稿用紙も使わなくなって限りなく落書きに近いものをたまーに描くくらいで、それも記憶が正しければ、中三の頃には絵そのものもほとんど描くことがなくなっていたはずだ。で、現在にいたる。その間、マンガがおろか、イラストだとか落書きのたぐいを描いていたということもない。
 じゃあなんで今さらあらためてマンガなのかといえば、小学四年生になる姪っ子から先月届いた暑中見舞いのハガキがきっかけだったと思う。彼女からのハガキそのものは何の変哲もない、正真正銘ただの暑中見舞いにすぎないものだったけれど(学校でパソコンを使う授業があったらしく、ソフトのテンプレからプリントアウトして親類に送りつけるという主旨の課題と見た)、その子に返事のハガキを描くのに久しぶりにイラストめいたものを描いてみたら、なんとなく一人盛り上がってしまい、あげく、「そうだ、マンガ描こう」という気分になったのだった。
 直接のきっかけはそういうものだったけれど、そこにいたる過程にはもうすこしべつの要因が幾つかからんでいたようにも思う。まず、その姪っ子が絵を描くのが好きな子で、実家で会うたびにいっしょに落書きだとかアニメやゲーム(ポケモンとかたまごっち)なんかのキャラクターの模写をして楽しんでたってことがあった。マンガの描き方のおおざっぱな手順を教えてあげたり、部屋で眠っていたむかしのマンガ道具を使わせてみたりした。そういう子だから、もらった暑中見舞いに対してイラストをそえて返事を書こうというふうに思った。
 そのときにどんな絵柄にしようかちょっと迷って、高野文子が挿絵を描いている『動物園ものがたり』という児童書のイラストをお手本にしてためしに自画像っぽい絵を描いてみたら、下手くそなりにとても楽しく描けたというところがある。マンガ作りに気持ちがぐっと傾いた。
 ところで、中学生当時なんでマンガを描くことをやめてしまったかといえば、それは自分の絵が下手で嫌になったっていうのと同時に、決定的には、おはなしが作れなかったっていうところが大きかった。絵を描きたいっていう気持ちは強いんだけど、ストーリーというものがまったく思いつかない。それ以前に、語りたい物語みたいなものが自分の中にはかけらもない。それは今も変わっていなくて、自分には創作の才能がなかったし、そのことに対してわだかまりもない。それはそれで良いことだったとも感じる(あの才能と技量でマンガ続けてたら今頃たいへんなことになってたと思う)。
 そうはいっても、いま気持ちはマンガを描くことに向かってしまっている。語りたい題材も物語もない。でも絵は描きたい。コマ割りをして、人物を動かして、原稿用紙にペン入れをしたい。そこで「モンキービジネス」で続いてる高野文子の連載のことを思い出した。原作を好きな小説からかりればいいじゃんと思った。二次創作ですよ。あれ、なんかちょっとやれそうな気がしてきたよ、と。
 そのときにたまたま(こんなノリばっかだけど)、以前にちらっとDVDを観たユーリ・ノルシュテインというロシアのアニメーション作家のことを思い出して、その人が25年以上の歳月を費やしてゴーゴリの「外套」のアニメーション化を今現在も進行中であることを知り、ああ「外套」いいね!おれも描いてみる!、と浅はかに即決。原作を小説からかりる時点で、パスカル・ラバテの「イビクス」だとか山村浩二カフカ「田舎医者」のことを思い出したり、やるんだったら「ブヴァールとペキュシェ」とか「バートルビー」とかもおもしろそうだと考えたんだけど、最初にピンときたところにしたがい、やっぱり「外套」を描いてみることにしてみた。
 しかし久しぶりに原作となる短篇をざっと読み直してみたけれど、これは難しいことになりそうだ、とすぐに思い至った。まず自分には、19世紀のロシア(サンクト・ペテルブルク)の何もかもが具体的にイメージすることができないってことに早速気づいた(そういうビジョンのなさゆえにかつてマンガを描くことをやめたんだった、ということにもあらためて気づいた)。それよりなにより、小説を読んでいるときに何となくぼんやり処理していたイメージを、あらためて絵として白紙の上に結びなおそうとしたとき、そこが描きたいっていう肝心の部分がぜんぜん具体的に浮かび上がってこない。たとえば、建物と道路の境目の部分が実際どう交わっているのかとか、もう物凄いいきおいでぼやけてる。かすみがかかりまくってる。全力でフワーっと処理するしかあるまいて。
 フワーっと流すは良いにしても、さすがにある程度の勉強が必要だと痛感して、図版の多いロシア史の本を一冊購入し、あとはネットをあちこち徘徊して公開されてる写真だとか絵画を手写し。トレース疑惑とかこわいし。
 まだまだ頼りないけど、ともかくネームを切ってみようと決心。したものの、ここでも案の定手こずり、なんとかかんとか28ページ分で収めてみる。この作業で一週間もかかった。ようやく下書きに入って今日で六日目。できた下書き原稿が6枚。一日一枚。1コマ描くのに30分とかかかる。やばい。←今ココ。
 これはすくなく見積もっても秋ごろまではマンガ描き楽しめそう。おらワクワクしてきたよ。